「霧雨じゃ、濡れて行こう」。時代劇のセリフではないけど、雨模様でのランニングは面倒だ。そこで散歩程度の感覚でノンビリ歩いていたら、なんとスウェット姿で走っているランナーがいたのでビビる。確かに雨対策は人それぞれ。負けてはおれんけど……。
雨の日のマラソン大会ならともかく、練習での雨対策は面倒だ。ウインドブレーカー姿で走ったことはあるけど、暑くてムレるし、走り終えた後の着替えまで大イベント。そんなわけで「雨が止むまで待つ」といった、ランナーの風上にも置けないスタイルで過ごしたことも、しょっちゅうさ。悪いか? 気力のないランナーもどきは、こんなもんだ。
雨の日の画像をストックしていたことがある。むかしの絵画だから、もはや誰が描いたのかも不明。この絵のようにファッションを大切にしていれば、振り返る人もいるだろう。雨の日のランナーを驚いて見てしまう、こちらの姿を彷彿させるような絵画なのだった。
業務日誌#35
「しのご」が日々の業務で気が付いたことを、脈絡なく気ままに書き連ねています。
2026-07-27
雨の日のスタイル
2026-07-24
「2ミニッツ・スターター」という展開
「勉強したくないのに、ノルマ分は取り組まねば……」。そんな風に思ったことはないだろうか。社会人でも昇進や資格などの試験は多いもの。ベストな勉強方法はないだろうかと考えていたら、なんと「2ミニッツ・スターター」なる学習方法を見つけたぞ。
準備するものはタイマーだけ。2分間にセットし、ベルが鳴ったらその日はお終い。もうちょっとなどと考えてはいけない。ともかく毎日2分間だけ取り組む。調子が出てくれば時間を延ばしても良いが、人によって異なるだろうから時期は不明ともいう。「独学大全」(読書猿著、ダイヤモンド社)なる本で紹介されていた方法さ。なるほどと思う。
動植物の新種が見つかると、ラテン語で学名が付けられる。使う人もいないのに、なぜラテン語なのだと思う。実は以前、挫折しているのさ。再び妄想が湧き出してきたのだ。2分間だけなら取り組めるかな。ただし、まだ思っただけの段階で実行時期は不明さ。
2026-07-23
ダサい夏のファッション
暑さが厳しいと、ラジオでも「塩分」や「水」を摂取しましょうと呼びかけている。さらには「クーラーを使え」とも。そんな時でも、30分ほど走っておくかとランニングシューズを履く。帰ってきて水を飲んでいると、汗が「塩」つぶになっているってのだ。
夏になると、ネットで必ず見かけるのがオッサンのファッションだ。ハーフパンツはダサいので、それなりのズボンが紹介されている。暑さを他人に伝えないことだけだね。先日もハーフパンツを履いているオッサンを何人も見かけた。走ったこともないオッチャンが、幽霊のような真っ白い足を見せている。鍛えた姿を見せるのもファッションだな。
ランニング姿でハァハァしながら歩いていれば、疲れて歩いているのかと見てしまう。足の白さなどには目が向かない。注目ポイントを別に作ればよいのだ。初めてマラソン大会に出場した時が、まさに「ダサい」と思われるランニングファッションだったのさ。
2026-07-22
本や雑誌の販売もネット時代
「同じ本を読む人は遠くにいる」。ネットコミュニティー、あるいは新聞雑誌を開けば、必ず本に関する記事や広告は掲載されている。見知らぬ人が出会う場ともなれば、今やネットが中心だ。でも、冒頭のようなセリフが語られるのは、むかしから同じ状況だね。
問題は、目的の本を見つける方法だ。目的や好みは当然ながら人それぞれだから、他人が駄本と言ったところで売れる本は売れる。広告を出稿すれば売れるかというと、そうでもない。全国新聞に出稿してみたら、広告料の割にはその100分の1も売れなかった経験がある。もっとも専門家向けの本だから、たぶん政府刊行物センターでしか売れない本だ。
新刊が出版される発行数は、なんと年間で6万冊以上に達するらしい。街の小さな本屋では並べきれん。そこで注目されるのが、特定分野の専門誌。雑誌も廃刊ばかりではなく、なんと雑誌専門の販売サイトもある時代だ。「同じ雑誌を読む人は遠くにいる」だぞ。
2026-07-21
なつかしい「チンドン曲」CDを入手
2枚組の音楽CDを、注文してからほぼ1ヵ月も待って手に入れた。タイトルは「音が遊ぶ♪街が躍る」。ミュージシャンは「かわち家×東京レジエンド楽士」。チンドン屋のチンドン音楽を集めたもので、聞くことも出会うこともなかなかないジャンルなのだ。
ハードロックのようなギンギンした音楽ではないし、クラシックのように高低が幅広いわけでもない。「チンチン ドンドン」と昭和初期のような、なんともなつかしい響き。作曲者不詳の曲も多く、40~50年前の歌謡曲をチンドン風にアレンジした曲もある。唄を聴かせるのではなく、チンドン風の楽曲で人を注目させ集めることが目的の楽曲なのだ。
2023年に出版された「ちんどん屋の響き」も持っている。有名な「竹に雀」の楽譜も載っているが、音楽の素養がないからイメージできないのが悲しい。こうした民族音楽は聞く人も少ないから予約販売のスタイルになるのだ。楽曲を聞くというよりは資料だな。
2026-07-17
「皇紀」はどこで使う?
今年は、なんと「皇紀2686年」という。政府高官が語っていたと新聞記事になっていた。
ふ~ん、それなら使ってやろうじゃないか。役所でさまざまな申請や手続きを行う場合には年月日を書くけど、年の表記に皇紀を使おうではないか。果たして窓口を通るかな。
疑問が湧いたら調べる。高島易断所の「九星本暦」を開いてみたら、なんと「皇紀2686年」と記載されているではないか。占いで九星術を展開する場合、旧暦が必要になるけど、いまや新暦(太陽暦)に換算されている。文化の世界にはさまざまな暦があり、生活者の役に立たねばならん。そうなると皇紀での表記は、どんな場合に使う? 即答できるか。
背景を語るには、なんらかの資料が必要だ。Blogに皇紀の話題を書くにしても高島易断のほか、朝日新聞の用語の手引き、俳句歳時記を開いて調べてみた。ふと気がついて、さらに毎日新聞とムーも開くが、両者に「皇紀」での表記はない。神社ならあるはずだね。
2026-07-16
「100年カレンダー」の思い出
チビッコの時に「100年カレンダー」を買ったことがある。すでに発売後、2~3年ほど過ぎていた。縦150センチ×横80センチほどのサイズだったはずだ。再び手にしたいと考えて検索してみたら、驚くことに「発売禁止」。原因はともかく、仕方ないことだね。
一つのことを、長年にわたって実行できる人など、まずいない。ノーベル賞を受賞したような人でもチビッコ時代はヤンチャで、高校大学時代から専門分野に目覚め、うまく行かない時代も過ごす。ようやく光が見えくるのは、なんと老年時代。そんなエライ人の訃報が新聞に掲載されるけど、ほとんどが100歳以下だ。計画通りに進める人は珍しい。
20年も前に読んでいた雑誌を久しぶりに買ってみた。基本テーマこそ同じであるけど、構成はガラリと変わっている。もし100年カレンダーを使い続けていたら、時代の変化に気づけたかな。そもそも100年も生きている人間など、新聞記事になるくらいだしね。


