雑誌を読んでいると、たまに出てくるのが「郷土史家」の人たち。生まれ育った土地の歴史を調べるのは貴重な存在ではある。一つのテーマを深く掘り下げて調べているのはいいとして、どうして老人ばかりなのだろう。旅行はともかく、引っ越しもしていない。
歴史を調べるのは、大学や研究機関の先生方とほぼ相場が決まっている。たまにライフワークとしている作家や記者もいるけど、それは仕事として取り組んだからだ。その点、郷土史家というのは何がきっかけとなって取り組んだのか謎……。だれにも注目されないけど仲間内では有名で、何かのきっかけで表に出てきて記事になったりする存在だ。
第二次大戦中、広島と長崎に原爆を投下したB-29の発進基地であるテニアン島を調べたことがある。2回ほど現地を訪れたが、兵士らのネットワークはあるものだ。現地に留まった人には案内役もしてもう。この現地の老人、まさに郷土史家みたいなものだった。
業務日誌#35
「しのご」が日々の業務で気が付いたことを、脈絡なく気ままに書き連ねています。
2026-04-28
郷土史家はどうして老人ばかり?
2026-04-27
スクラップブックのタイトル
新聞スクラップをしているかな。あくまで個人レベルの話だ。趣味で新聞スクラップをしている人は、何年分を保管しているのだろう。こちらは、おおよそ5年分。また、そのスクラップブックのタイトルも考える必要がある。単に新聞スクラップというなかれ。
スクラップは発想の原点なのだ。だから新聞スクラップをする人は多い。問題は、そのスクラップブックのタイトルだ。個人なら雑多な内容だから、タイトルも考える必要がある。そこで単純に開始した年月日、そして終了した月日とすればいい。ほぼ1ヵ月間のペースで1冊を貼り終えるから、こんなもんで十分だろう。面倒なことは挫折の原因だ。
スクラップブックのタイトルを変更するのは3回目。スクラップを2~3年ほど続けていれば、雑多な内容なので「どうしよう?」と思う。エライ人はスクラップをしている話は出すけど、タイトル名など話題にもならぬ。細かいことに興味が湧くのはヒマ人だけさ。
2026-04-24
「クニザカイ」か、それとも「コッキョウ」?
「国境の……」と小説の冒頭に出てくる川端康成の小説「雪国」。この「国境」は「クニザカイ」と読むのか、それとも「コッキョウ」と読むのか。正解は「クニザカイ」らしい。ノーベル文学賞まで受賞したのに、あやふやなまま没ってしまうから謎は続くのだ。
現在の大学文学部でも話題になるらしい。調べてみると、日本の英文学者で文芸評論家の竹田勝彦との対談で、「クニザカイ」として川端自身はうなずいていたというのだ。これで解決ではないか。ところがだ、「コッキョウ」と解説している辞書もあるというから、話はややこしい。謎を残したままにしておくのも、文学テクニックの一つなのだね。
有名になれば歴史に名を残す。不明な部分を残しておくのも得策なのだ。大昔の話になるけど、雪国の国境は「クニザカイと読むのだ」と解説している本を読んだことがある。謎を残しておくの得策なのだ。でも、謎を残したままにするというのは意外と難しい。
2026-04-23
ブルーオーシャン展開と時間の流れ
なつかしい言葉に新聞テレビ、本や雑誌で出会う。それが「ブルーオーシャン」という一言。聞くと、こちらまで目の前が大きく広がっていく。イメージこそ広がるが、そもそも何を意味しているのだ。知らなけりゃ、今はネットで検索してみればよいだけなのさ。
ブルーオーシャン。それは「競合の少ない未開拓市場を指すビジネス用語」という。なんか言葉の持つ響きと現実は大きく乖離しているな……。実例はあるのだろうか。「10分1000円のQBハウス、ヒートテックのユニクロ、Wiiの任天堂、シルク・ドゥ・ソレイユ」などなどゾロゾロとヒットするぞ。マネする会社だって山ほど出てくるのは世の常だ。
ちょっと待てよと思う。ある企業の歴史をビジネス誌で読んだことがある。聞こえはいいけど、その地位にたどりつくまでは紆余曲折。こちらもサポート業務をしていた企業が、他社に吸収されて仕事を失ったことがある。ブルーオーシャンの裏には毒もあるものだ。
2026-04-22
言葉にする能力も身につけたい
ヌケた行動の気持ちを分かりやすく伝えたい。そんな気持ちにかられることは、誰にだって訪れる。先日も面白い表現を見つけた。ちょっと忘れてしまった気分を、「カップ焼きそばにスープを入れ忘れて食べたような気分」とね。なるほど、こう来ましたか。
「その一瞬の心の震えや美しさに息を飲む体験は、どんな高度な情報処理機械にも代替できない、あなただけの輝きです」。生成AIに対する己の行動表現を語った一言だ。こちらも当然メモに残しておく。エライねぇ~と言うなかれ。1週間ほど前に見つけたのだが、だれが語ったセリフだったかな? こういうのを「片手落ち」と表現するらしいけどね。
生成AIに負けない表現を身につけるには、どうしたらいいのだろう。「三行で撃つ」なんて本に書かれていた。でも、自分で独自に表現手段を考えろだってさ。さらに読んだ人に笑みをもたらすことも必要なんだと。ううぅ、こちらは輝きのない文句ばかりだわ。
2026-04-21
テーマごとのノートを持つ
テーマごとに小さなノートを持つ人がいる。旅ノート、大相撲ノート、アイデアなんでもノートなど6種類。変わった趣味というより、いくつものノート展開方法を持つ人がいるものだな。書いただけでは終わらない。姉妹で見せ合うというから、それもビックリ。
毎日新聞の月刊付録に「私のまいにち」がある。いつもは読まないが、5月号は神様(?)からの導きがあった。そして見つけた。ノートに記録するだけでなく、他の人にも見せて意見交換をする。体験は記録しておくだけでなく、他者にも読ませて語り合えば新たなアイデアを生み出すことにもなるのだ。ノートを見せるのも大切だと思った次第さ。
記録は重要だ。自分で持っている小型ノートというか手帳は「SKETCH BOOK」。でも、あくまで自分の覚え書きだから、他人に見せるものではない。テーマ別ノートを持つというのは面倒だな。また他人にも披露して意見をもらうという行動は、実にシンドイぞ。
2026-04-20
墨絵を魅せる方法
若き日の画家、岡本太郎はピカソと会った。「日本には墨絵という技法があるのに、なぜヨーロッパ絵画のマネばかりするのか」と太郎に問うたらしい。太郎のエッセー「青春ピカソ」に書いている。墨絵は昔の技法と思っていたが、名をはせた人は視点も違う。
知り合いのデザイナーが、近所の喫茶店で個展を開いていた。モチーフは「土偶」。土偶自体の色は黒色だから濃淡も加えているが、他の色もほのかに使う。ワンポイントとなるわけだ。シロウトのイメージでは、これを墨絵とはいえぬ。ピカソの言う墨絵は墨の濃淡で描かれていたが、ワンポイント的に黒以外の色を加えるのも現代的な画法なのかな。
最近は本屋や古本屋で、コーヒースペースを設けている。メイン商品は書籍だが、そこでコーヒーも飲む。墨絵だって、何らかの手を加えれば魅せる絵となるわけだ。こちらは絵を見る力はないので、先日も喫茶スペースでコヒーフロートとしゃれこむだけなのさ。