ホームベーカリーを持っていることさえ忘れてしまいそう。自家製のパンはおいしものの、何度も作成を頼んでいるのに作る気配すらない。なんでかなと思う。ネットで調べてみると、手間がかかる、日持ちがしないなどデメリットがゾロゾロと出てくるのだ。
自宅でパンを作成するなら、発酵の工程が欠かせない。そこそこの時間を要するのだ。これだけではなく、作った後の清掃もしなければならぬ。一連の行程を考えれば、パンの製造は時間を要するのだ。ホームベーカリーを買うときは夢の世界が広がる。でも、自宅で使う機器には手間というデメリットがあるので、物置の奥深くにしまい込まれるのだ。
今の季節は自家製の梅酒を作る季節でもある。梅酒が甘ったるいのは、砂糖が防腐剤の代わりになっているから。飲み物だってそうなのだ。ホームベーカリーで日持ちのするパンを作ろうと考えてはならぬ。考えた以上に材料費や手間がかかってくるに違いない。
業務日誌#35
「しのご」が日々の業務で気が付いたことを、脈絡なく気ままに書き連ねています。
2026-06-29
ホームベーカリーが売れないわけ
2026-06-26
贈られた本は読まない?
接写の機能がないのに、近寄り過ぎてピントが合わぬ。それはともかく、本のタイトルは「我が師 石原慎太郎」、著者は「牛島信」。しおりには「謹呈 著者」、そしてしおりひもを見ると、一度も使われたことがない製本時のまま。Amazonで買った古本なのだ。
贈ってもらった人は、読まずに古本屋へ売払ったのだろう。こちらも積ん読だから、3ヵ月ほど前に買ったものだ。著者はかわいそうだね。本を書いて、世話になった人に贈呈したものだろう。それが一度も読まれずに、古本屋へ売払われていたのだ。著者は石原慎太郎元知事のスタッフだったようだから、贈った冊数も多かったに違いないと考える。
参議院の副議長就任パーティーに出席したことがある。就任者の半生記を記念品としてもらったが、読んでもまったく面白くない。どうせゴーストライターが書いたものだろう。著者は弁護士だから、人間の行動は知っているはず。思うようにいかぬのが、人間様さ。
2026-06-25
「MONO100」が、やっと残り5本
トンボの高級エンピツ「MONO100」。2~3年前に1ダースを買ったのだが、2Bという濃さのため、やっと残りの本数が5本になった。これまで、なぜ使わなかったのか? 単に芯の色がこれほど濃いとは思わなかったからさ。使う機会も減ってくるは当然だ。
小学校の先生が6年生の卒業記念に、「MONO100のBを贈る」という記事を読んだことがある。いつも使っているシャープペン「PRESS MMAN」の100ミリのロング芯は2Bなので、感激ついでにエンピツは2Bにしてみた。買ったはいいけど、これが濃い。いや、濃すぎる。先生もエンピツの濃さをBにしたのは、使いやすい濃さを選んだに違いない。
今や思い出したように使う程度だから、なかなか本数が減らない。メインは前記のシャープペンと芯なのだ。「ひとつ失敗すれば、一つおりこうさんになれる」と思うしかない。MONO100を使い切るには、あと1~2年は必要だな。遠い将来の夢でしかないね。
2026-06-24
ラテン語の勉強を再開したい……
2~3年おきに読んでいる本がある。エッカーマンが著した「ゲーテとの対話」(岩波書店)だ。関連本や図書館で何回か読んでいて、ついには自分でも購入してしまうほど。奥付に2009年38冊とあるから、長いこと読まれているね。買ったのも、そのあたりだろう。
彼がゲーテ宅を訪れた時、部屋の入り口に「SALVE」と表記されていたという。調べてみると、ラテン語で「歓迎」といった意味らしい。これを読んで、ラテン語の学習をしたいという意欲が持ち上がる。じつは初心者向けのペラペラの教科書で学習したことがあるのさ。でも、カエサルがどうこうしたという例文や語尾変化が多く、何も頭に残らない。
できないくせに、学習意欲がムラムラとよみがえったではないか。新たに初心者用の辞書が発刊されているようだし、現代風の例文を掲載した教科書もあるだろう。しかし、すぐ挫折するのは目に見えている。ラテン語は、なぜか惹かれる不思議な言語だよなぁ~。
2026-06-23
間違って覚えていたネーミング
先日の新聞に「サグラダ・ファミリア」の「イエスの塔」が完成したと載っていた。記事を読んでいて、何かしらの違和感を感じる。なんだろう? 原因が判明した。「サグラダ」が正しい表記で、サ「ク」ラダではなかったのだ。間違って覚えていたのだな。
文書は見直しをしたところで、読み落とすことはままある。本多勝一の「日本語の作文技術」を読んでみると、自分で読み直したところで気づかないという。第三者に読んでもらうのが一番と語る。エライおっちゃんだって、そうなのだ。名もなき者なら少し間違ったところで止む無しだが、他の人はすぐ見つけてアホちゃうかと語る。そんなもんさ。
読み直しが自分だけなら「声を出して読め」という。実行したところで文書が頭に残っているから、記憶のまま読んでしまう。でも、「サグラダ・ファミリア」の正しい表記を覚えたのだから、一つおりこうさんになれたのだ。それにしても時間がかかったものよ。
2026-06-22
「鬼」が出てくるとは……
梅雨の季節ともなると、雨の中でのランニングは面倒だ。では、どうするか? 散歩するしかない。歩いていると妄想が頭をよぎる。この日は、「ほおづき」は漢字でどう書くのだろうという疑問が浮かぶ。調べると「づ」ではなく「ず」。「ほおずき」が正しい。
国語辞典にも「ほおずき」と出ている。間違って覚えていたのか……。モヤモヤはまだ続く。むかしは漢字でどう表記していたのだろうと思って調べたら、「鬼灯」「酸漿」と出てくる。どうして「鬼」の字かと次なる疑問が出てくるぞ。歩いているときの疑問など、こんなもんだ。ネットにはヘンチクリンな解説も多いので、気をつけないとイカンぞ。
座禅をしている坊さんは、座っている最中に何を考えているのだろう。一般的にいう無念無想かな。調べ始めたとたん、座禅ではなく「坐禅」が正しいと禅宗の坊さんからの注意が出てくる。うぬぬ……。同じく、これからは〝ほおずき〟と正確に書かねばならん。
2026-06-19
路地に謎の構造物
路地の真ん中に小規模な構造物の跡を発見した。表通りにはマンションが建っており、もう一方は裏道だ。徒歩15分圏内全踏破をしていて、地域の地図を見ていてグネグネ折れ曲がっている路地を発見したのだ。長年住んでいるのに、なぜ知らなかったのだろう。
通り抜けできる路地というよりは、抜け道といえる。道幅2メート前後、路地の中央には40センチ四方、高さ50センチ程度のコンクリート製の枠があるのだ。のぞいてみると、路面の高さまで埋め込まれていた。これでは車も通れん。昔は井戸だった痕跡か? それなら撤去すればいいはず。区役所に聞いてみても、たぶん知っている人は皆無だろう。
「探偵ナイトスクープ」なるテレビ番組がある。視聴者の素朴な疑問を、芸人らが面白おかしく解決するのだ。ここに投稿してみようかな。現場となる路地は、ほぼ1分で歩き終える。この小さなコンクリート構造物は、いったい何だろう? なぜ残っている?

