若き日の画家、岡本太郎はピカソと会った。「日本には墨絵という技法があるのに、なぜヨーロッパ絵画のマネばかりするのか」と太郎に問うたらしい。太郎のエッセー「青春ピカソ」に書いている。墨絵は昔の技法と思っていたが、名をはせた人は視点も違う。
知り合いのデザイナーが、近所の喫茶店で個展を開いていた。モチーフは「土偶」。土偶自体の色は黒色だから濃淡も加えているが、他の色もほのかに使う。ワンポイントとなるわけだ。シロウトのイメージでは、これを墨絵とはいえぬ。ピカソの言う墨絵は墨の濃淡で描かれていたが、ワンポイント的に黒以外の色を加えるのも現代的な画法なのかな。
最近は本屋や古本屋で、コーヒースペースを設けている。メイン商品は書籍だが、そこでコーヒーも飲む。墨絵だって、何らかの手を加えれば魅せる絵となるわけだ。こちらは絵を見る力はないので、先日も喫茶スペースでコヒーフロートとしゃれこむだけなのさ。
業務日誌#35
「しのご」が日々の業務で気が付いたことを、脈絡なく気ままに書き連ねています。
2026-04-20
墨絵を魅せる方法
2026-04-17
「雪」は資源化できないのか
観光道路「八幡平アスピーテライン」が開通したと新聞に掲載されていた。岩手、秋田両県の山間部を通る観光道路で、画像を見るとまさに「雪の回廊」。山頂付近だと道の両側に雪の壁が5メートルもそそり立つという。観光にはいいけど、逃げ場がないね。
除雪した雪を再資源化できないものかな。山中近くの地下に除雪の貯蔵施設を造りため込んでおけば、夏の暑い時期に路面に撒くことだってできるはず。地球温暖化が叫ばれているのだから役にたちそうな気もする。シロウト考えだから簡単にいくはずもないけど、試験貯蔵ぐらいはやってみてもいいのではないかと思う。妄想と笑ってはイカンぞ。
富士山のふもとに観光施設として氷結洞がある。夏の観光シーズンに入ったことがあるけど、とにかく寒い。洞穴から出たら気温差でメガネが曇り、気温になじむまで動けん。八幡平観光道路にも雪という資源がある。再資源化施設があっても良いと思うけどね。
2026-04-16
主流を外して観察
浮世絵で有名なモノといえば、葛飾北斎の「富嶽三十六景 神奈川沖浪裏」。絵はネットからダウンロードしただけだけど、解説本はもちろん読んだ。気になったのは「有名ポイントを外して」描いているということ。ちょっと外れた場所だから日常が見えるのだ。
この解説を読んでからというもの、観光地へ行っても「見ました」というだけ。裏側へ行けば、見ることのできない体験ができる。たとえば宮城県庁なら外れたところに職員や清掃員用と思われる、各階どまりのエレベーターが設置されている。乗ってみる。最上階から1階まで時間のかかること。ヒマ人で乗っているのは、こちらぐらいなもんだ。
公共施設なら怪しまれないように、目的階の東西南北すべての通路を歩いてみる。警備員に見つかったら、不審者として捕えれらても不思議ではない。実は1回だけあったけどね。こうした行動は、すべて北斎先生の教えを実行したからさ。単なるアホなのかな。
2026-04-15
「かきかたえんぴつ」の芯の濃さ
小学1年生になったら、最初に使うエンピツは「かきかたえんぴつ」。ほとんどの人は記憶に残っているに違いない。大人になっても、このエンピツを使っている人がいる。それも作家。メモ書き、構想を練るための下書きは当然としても、原稿執筆までにも及ぶ。
なぜ使い勝手が良いのだろう。その秘密はエンピツの濃さにあった。調べてみると、かきかたえんぴつはBもしくは2Bの濃さという。なんじゃい、こちらが使っているシャープペンシルの芯の濃さだって2B。不思議なことではなかったのだ。エンピツと芯と筆記具のスタイルが異なっているだけの話よ。大人になっても、エンピツの出番は多いのだ。
作家や評論家のエッセイを読むと、シャープペンを使っていると語る人は多い。さすがに原稿はパソコンで執筆しているのだろうが、構想やメモ書きなどは手書きだろう。こちらもシャープペンは6本、芯はすべて2B。「かきかたえんぴつ」も需要はあるものだな。
2026-04-14
筋肉とぜい肉の関係
ラジオ番組のCMで「筋肉はつきにくく落ちやすい。ぜい肉はつきやすく落ちにくい」と語られている。「村上RADIO」の宣伝文句。スポーツクラブの壁に貼ってあるという。確かに名言だ。生活の本質にユーモアを加えれば、名言になる見本みたいなものだな。
仕事をやっていれば飲み会に誘われる時がある。断ったとしても、接待ともなれば同行せざるを得ない。社会生活とはそんなもんだ。ランニングであっても続けるのはむずかしい。まして夕刻に取引先から〝ちょっと一杯〟と誘われれば、この一杯も仕事のうち。ただし飲んだが最後、その日はトレーニングなどできやしない。社会人とはそんなもんさ。
「君には意志がないのか」。そう言われ、酒を飲んだ後でもジムでトレーニングをした話がジャーナリスト、落合信彦が語っている。スーパードライのCMに出演していたオッサンだ。こちらは市井の人間。筋肉は語れぬので、スポーツはぜい肉対策みたいなものさ。
2026-04-13
「カード」スタイルの名称で混乱
物語や論文の制作者で「京大式カード」を使っている人は多い。「スペース・オペラの書き方」なんて本を読んでいたら、気に入ったセリフを見つけると著者は京大式カードに書いているという。文房具屋へ立ち寄れば今でも売っている。まさにロングセラー文具。
京大式カードを買いに行くと、隣には「5×3」というカードも並んでいる。何だ、このサイズは? 調べてみると5×3インチ、メートル法ならタテとヨコが75×125ミリのカードなのだ。渡部昇一の本にも載っていたが、ヨーロッパではこちらのカードが主流らしい。京大式カードはB6(128×182ミリ)だから、5×3カードはちょっと小型のサイズだ。
お前の文章では、タテとヨコの数字配列を統一していないのか。確かに、そうだ。「5×3」は、表記法とするなら「3×5」とすべきなのだろう。でも、商品名称として確立されている。「名は体を表す」というけど、なんだか頭の中が混乱してくるってなもんだ。
2026-04-10
なぜスクラップブックはなくならない?
A4のスクラップブックを2冊。昨日も買いに走った。本どころか新聞雑誌も購読者数が減っているというのに、なぜ常にストックがあるのだろう。ネット展開に移行しつつある世の中でも文房具屋へ行けば必ず売っている。不思議なもんだ。存在理由は何だろう。
結論から言おう。大きな需要が存在するのだ。新聞記事スクラップどころか、演劇やコンサートなどのチケット半券、写真のアルバム替わりなど例を挙げればキリがないほどの需要がある。新聞記者ならば記事のストックなんか当然だろう。趣味や職業の数以上のさまざまな分野で活用されている。文房具屋だって、売れるモノのストックは欠かせまい。
スクラップを続ける理由は、生成AIでは出てこない物語のヒントを見つけること。それに生成AIでは数値なんかは出てこないだろ。スクラップブックに保管したモノには考えるヒントが詰まっているはず。たまには偉そうなことを言ってみてもいいじゃないのさ。