2024-09-25

「演説」ではなく「演歌」

 権力者を皮肉るような物言いは、過去のヨーロッパでもあった。日本でも戦国時代、御伽衆がいて、特に曽呂利新左衛門という名前なら聞いたことはあるだろう。イエスマンではないのだから、豊臣秀吉のような大名だけでなく一般市民からも喝采を受けたのだ。

 第二次大戦ごろは言論統制があった。そのため思想漫談が流行っていたらしい。「これは『演説』ではなく『演歌』である」と言ってけむに巻いていたらしいから、ここはアイデアの見せ所だな。ひと昔前、「ああ言えば上祐」というフレーズがヒットした。少し変えるのなら、「これは『言い訳』ではなく『教義』である」みたいなものともいえる。

 最近は漫談師を見なくなった。例えば「綾小路きみまろ」。テレビ番組に登場していたのに見なくなったので検索してみたら、舞台には立っているようだ。「漫談」ではなく、昔ながらの「演歌」と言ってみたらどうだろう。たぶん、意味は通じないだろなぁ~。

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